囲碁AIと置き碁対局の意義「野狐九段が6子局で敗れる」

野狐囲碁の囲碁AIが「最高段位九段に6子局で勝利する」驚愕の事態が起こっています。
「4子なら勝てる」認識でしたが、今では「4子で勝てればすごい」見解に変わりました。
常駐している「神机C」は、置き碁の勝率が約75%で、そのほとんどが4子局です。


「AIと棋士の互先、定先を見ても、大きな差があるとは感じません。
なぜ、置き碁で打つと、ここまで差が広がるのですか?」

ほとんどの囲碁AIは「半目でも勝てれば良い」方針を取ります。
その結果、少しでも差が開いたり、半目勝ちを読み切ると、手を緩める傾向が表れるのです。
最善に打ち続けると、20~30目差でも、最終的に数目差になることも珍しくありません。
つまり、終局時の目数差が、実力差を表している訳ではないのです。

 未知の戦いに挑む勇気

囲碁AIと対戦して誰しも感じるのが「まるで歯が立たない」という感覚。
決定的な実力差に加え、「経験のない未知の戦いへ導かれる」のが理由です。
手応えがまるで感じず、互先で打っても何が敗因なのか、気づくことすらできません。
そうした背景があり、今までは「検討で使うのが主流」となっていました。


「置き碁のトレーニングの効果はあるのか?」

結論から言えば「人を選ぶ勉強法」です。
まず、このトレーニングを成立させるには「精神を鍛えること」、最初にして最大の壁です。
囲碁AIと打ち始めて感じるのは「残酷なまでの無力さ」、そして「自信の喪失」。
碁を打つあらゆる気力を削ぐ「絶望」に立ち向かう勇気が求められます。


「なぜ、AIとの置き碁対局が流行っているのか?」

今まで体験したことのない「発想」を取り入れたいからです。
囲碁AI手法の一部でも吸収できれば、さらに先へ進むことができます。
痛みを伴う方法でも突き進む、「未踏の道」を開拓する好奇心、それが原動力なのでしょう。

 「碁の神様との実力差」偉人の言葉

囲碁AIの話題で欠かせないのが「碁の神様との実力差」。
歴史的な棋士である呉清源九段と藤沢秀行名誉棋聖は、以下のように述べています。


「神様と碁を打つと10手くらいで負けてしまう」
――呉清源九段

コミ4目半の時代で定先(コミなし)は、コミ分ほど有利です。
しかし、神様は1手毎に半目くらい差をつけて、10手も進めば先手の利が消えてるという話。
もし、神様と首を賭けて打つのなら「5子置いても打てないだろう」と言葉を残している。


「碁の神様がわかっているのが100だとしたら、私にわかっているのは、せいぜい5か6か、あるいはもっと下です」
――藤沢秀行名誉棋聖

今の時代を先読みしたような、有名な言葉の一つです。
昔の打ち方が激変して、人間は碁をほとんど理解できてなかったことに気づかされました。
未知の感覚を解釈し、どう力に還元するか、突き抜けた存在になる条件かもしれません。

 最後に

囲碁AIにより「進化のスピードが桁違い」になりました。
数週間単位で流行が変わり、解釈するにも高い実力が求められる時代。
ただ、人間が築いた技術を学ぶのは、段階的に棋力を上げるには良いツールです。
今の実力を飛躍的に上げたい場合、囲碁AIの力を借りる必要があるでしょう。

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コメント

  1. ヲー より:

    記事とは少し違いますが、私は下手に4子以上置かれると多少無理な着手を打たなければ勝てないと思うので対局を敬遠してしまいます。ですが、AIのような圧倒的な実力があれば、明らかな無理手を打たずとも碁にできることを考えると不遜な考えだったのかと思いました。誰と打ってもいい経験になる余地があるということなんでしょうか…

    • okao より:

      置かれる立場は多少慣れが必要かもしれません。ただ、互先と同じで「配石を活かす」という点は変わりません。相手の形にどれだけ敏感に反応し、わずかな隙から突破口を見つけるか。これができれば劣勢を覆す原動力になるはずです。

      • ヲー より:

        確かに仰る通りですね。互先以上に石の能率を上げる必要があるだけで、大きな点に差はないですものね。勉強になりました。